第5夜 日本神話(古事記) その2

イザナギ、黄泉で妻を見てはいけないのに見た

死んだ妻を迎えに行った夫は、見るなと言われたのに見た。そこにいたのは、蛆がわき、雷の神がまとわりつく妻だった。日本神話の愛の再会は、ロマンチックより先にクソ怖い照明事故だ。

妻に会いたくて地下へ行く

マサ
マサ
前回、イザナミは火の神カグツチを産んで死んだ。イザナギは悲しみでカグツチを斬った。それでも妻を諦められへん。そこで黄泉の国へ迎えに行く。死者の国へ単身出張や。
だいち
だいち
黄泉って地獄みたいな場所?
マサ
マサ
地獄とはちょっと違う。黄泉は死んだ人が行く暗い国やな。罰を受ける場所というより、死の側の世界。空気が重くて、戻るのが難い場所や。
ヤマト
ヤマト
地下の終電逃した感じ?
マサ
マサ
軽く言うなwww でも戻りにくさはそう。イザナギは黄泉の入口でイザナミに、愛しい妻よ、帰ってきてくれ、まだ国づくり終わってへんやん、って呼ぶ。これだけ聞くと純愛や。
さやか
さやか
国を産む仕事が終わってないっていう言い方、夫婦でもあり共同作業者でもあるね。
マサ
マサ
イザナミは答える。もっと早く来てくれたらよかった。でも私は黄泉の食べ物を食べてしまった。これがヨモツヘグイ。あの世の飯を食ったら、あの世側の人になる。
だいち
だいち
ご飯で帰れなくなるの?
マサ
マサ
そう。このルール、世界でけっこう見る。ギリシャ神話にも似た話があってな、冥界でざくろを食べた女神が、そのせいで冥界に縛られる。あの世では、軽食が契約書なんよ。
ヤマト
ヤマト
サービスのナッツ食べたら入会完了みたいな。
マサ
マサ
怖いやろ。黄泉で出されたものに箸つけた瞬間、もう帰宅ルートが閉まる。飲み会でも知らん店の怪しいお通し怖いやん。あれの神話版や。
誰かの箸が小鉢の手前で止まる。
さやか
さやか
今その例え出されると食べづらい。
マサ
マサ
イザナミは、黄泉の神に相談してくるから、その間は私を見ないでと言う。ここで来た。見るなのタブー一回目。覚えといて。見るなは絶対見るやつ。
だいち
だいち
もう失敗する未来しか見えない。
マサ
マサ
決めの一言。黄泉の国で一番危ないのは怪物より先に、食べ物と好奇心や。

見るなと言われたら見る

マサ
マサ
イザナミは奥へ行く。イザナギは待つ。でも遅い。待ってる時間って、人を変にするやん。既読ついて返事ないだけで落ち着かんのに、相手は黄泉の奥や。
ヤマト
ヤマト
電波も届かないしね。
マサ
マサ
イザナギは我慢できず、髪に挿してた櫛の歯を一本折って火をつける。スマホライトの古代版や。ほんで奥を見る。見るなって言われたのに見る。人類、ここから何も進歩してへん。
だいち
だいち
見るなのタブー、即回収。
マサ
マサ
そこにいたイザナミは、もう生前の妻じゃない。体は腐って蛆がわいてる。頭や胸や腹や手足には雷の神がまとわりついてる。
八つの雷神や。愛しい妻に会いに来たら、腐乱死体と雷の事故現場になってた。純愛のつもりで行ったのに、開けたら黄泉の地獄盛り合わせや。
卓の笑いが一瞬引く。
さやか
さやか
それを見られた側の痛みもきつい。死後の姿を見ないでって、尊厳の話でもある。
マサ
マサ
そうやねん。怖いのは見た側だけちゃう。イザナミからしたら、一番見られたくない姿を夫に見られた。
恥や怒りや悲しみが一気に爆発する。ここ、ホラーであり夫婦の最悪のプライバシー侵害なんよ。
さやか
さやか
死後の姿も出産の姿も、見ていいかどうかは本人が決めることだね。
マサ
マサ
ほんまそれ。見るなって、好奇心への禁止やけど、同時に境界線なんよ。超えたら相手の世界に土足で入ることになる。黄泉の岩戸は、その破った境界を後から無理やりふさぐ壁でもある。
ヤマト
ヤマト
約束破ったうえにライト当ててるもんね。最悪。
マサ
マサ
イザナギはビビって逃げる。さっきまで妻よ帰ってきてくれって言うてたのに、見た瞬間ダッシュや。気持ちはわかる。
でもイザナミからしたら、お前が来い言うたんちゃうんかい、やろ。愛を語った口が、腐った姿を見た瞬間に逃げ足だけ最速になるの、かなりクソ。
だいち
だいち
愛が好奇心に負けて、好奇心が恐怖に負けた。
マサ
マサ
うまいこと言うやん。ほんでイザナミは怒って追っ手を出す。黄泉醜女っていう黄泉の怖い女たちや。ここから逃走劇に変わる。夫婦の再会が、全力鬼ごっこになる。
さやか
さやか
見た瞬間にジャンルが変わるね。恋愛からパニックへ。
マサ
マサ
決めの一言。見るなと言われて見た火は、妻の姿じゃなくて、夫婦の終わりを照らしたんや。

黄泉からの逃走がめちゃくちゃ物理

マサ
マサ
逃げるイザナギを黄泉醜女が追う。ここでイザナギ、まず髪飾りを投げる。すると山ぶどうになる。追っ手がそれを食べる。その隙に逃げる。
ヤマト
ヤマト
逃走中におやつトラップ。
マサ
マサ
次に櫛を投げる。するとたけのこになる。追っ手がまた食べる。黄泉の追跡班、食欲で足止めされすぎや。
だいち
だいち
あの世の人たち、めっちゃ食べる。
マサ
マサ
さっき言うたやろ。あの世の食べ物は危ない。でも追っ手は食う。神話の逃走アイテムが、山ぶどうとたけのこ。剣とか魔法やなくて、旬の味覚で時間稼ぎや。
さやか
さやか
なんか生活の近いものが急に神話の武器になるの面白い。
マサ
マサ
でも追っ手は増える。イザナミ本人も、雷神たちと大勢の軍勢を向かわせる。イザナギは剣を振りながら逃げる。足場の上で後ろから怒鳴られてる時の百倍怖い。しかも相手は元妻と雷や。
ヤマト
ヤマト
元妻と雷、ワードだけで逃げたい。
マサ
マサ
ほんで最後に桃を投げる。これで追っ手を撃退する。桃が強い。
イザナギは桃に、お前は人が苦しむ時に助けろ、って名前を与える。ここから桃が邪気を払うものとして出てくる。節句とか昔話の桃にもつながる感覚やな。
だいち
だいち
桃太郎の桃もそういう流れで見ると強そう。
マサ
マサ
そう、桃はただの果物ちゃう。古代の防犯グッズや。黄泉からの追っ手に投げて効くレベル。玄関に置いときたい。
ヤマトが桃サワーのメニューを探す。
さやか
さやか
今頼んだら効き目ありそう。
マサ
マサ
最後、イザナギは千引の岩っていう巨大な岩で黄泉の入口をふさぐ。千人がかりで引くくらいの岩って意味や。もう扉を閉めるとかじゃない。世界の境目にコンクリ打設する勢いや。
だいち
だいち
夫婦げんかの最後が土木工事。
マサ
マサ
決めの一言。黄泉の逃走劇で最強だったのは、剣でも雷でもなく、桃と岩や。

岩越しの離婚宣言で生死が始まる

マサ
マサ
千引の岩を挟んで、イザナミとイザナギが向かい合う。もう直接は会えへん。ここで二人は離婚みたいな言葉を交わす。神話の夫婦、最後までスケールがでかい。
さやか
さやか
岩越しに別れるって、もう面会室どころでもない。
マサ
マサ
イザナミは言う。そんなことするなら、あなたの国の人を一日に千人絞め殺す。怖すぎる捨て台詞や。
対してイザナギは、なら俺は一日に千五百の産屋を建てると言う。死が千なら、生は千五百。ここで人間は毎日死に、毎日それ以上に生まれるという由来になる。
さやか
さやか
産屋で返すのがすごい。殺す数に対して、生まれる場所を増やすって発想なんだ。
マサ
マサ
死を消せないから、生まれる側を増やす。神話の答えとしては荒っぽいけど、めちゃくちゃ強い。人間は死ぬ。でもそれ以上に産声で押し返すんや。
だいち
だいち
人の生死が元夫婦の言い合いから来るのか。
ヤマト
ヤマト
出生率と死亡率の始まり、岩越しの口げんか。
マサ
マサ
そう。しかもイザナギが建てるのは産屋や。生まれる場所を毎日用意する。さやか案件やで。
さやか
さやか
千五百の産屋は忙しすぎるけど、死に対して出産の場所で返すのは強いね。
マサ
マサ
黄泉から帰ったイザナギは、汚れを落とすために禊をする。川で体を洗う。黄泉の汚れを洗うたびに神が生まれる。
最後に顔を洗うところで、左目からアマテラス、右目からツクヨミ、鼻からスサノオが生まれる。三貴子や。
ヤマト
ヤマト
鼻だけスサノオなの、何回聞いても納得いかない。
マサ
マサ
しかも後の暴れ方を見ると、鼻から出た感じが妙にしっくりくるんよ。アマテラスは太陽、ツクヨミは月、スサノオは海や嵐っぽい荒ぶる神。
黄泉の汚れを落としたら、世界を照らす神と荒らす神が同時に出る。ええ構成やろ。
氷が溶けてグラスの音が低くなる。
だいち
だいち
黄泉の話が、次の天岩戸につながるんだ。
マサ
マサ
そう。スサノオがこのあと暴れて、アマテラスが引きこもり、世界が暗くなる。つまり黄泉で見るなを破った夫婦げんかが、太陽神と暴れん坊の物語を生む。古事記はちゃんと連鎖してる。
さやか
さやか
死と出産と太陽が一つの流れで出るの、神話っぽい。
マサ
マサ
決めの一言。人類が毎日生まれて毎日死ぬの、元夫婦の岩越しの捨て台詞から始まってるんや。愛の再会に失敗した後で、それでも世界は産屋の数で死を押し返していく。

暗記用

これだけ覚えたら、教養人の顔で会話に入れるフレーズ

口に出す時は、言葉と読みをセットで覚えると強い。

  1. 黄泉の国よみのくに

    死者の世界。「黄泉がえり」の黄泉。

  2. ヨモツヘグイよもつへぐい

    あの世の食べ物を食べたら戻れないルール。ペルセポネのざくろと同じ。

  3. 見るなのタブーみるなのたぶー

    見るなと言われたら必ず見る、世界共通の神話の型。

  4. 三貴子みはしらのうずのみこ

    禊で生まれたアマテラス・ツクヨミ・スサノオの3きょうだい。

よくある質問

Q. 黄泉の国とは何か?
A. 古事記で死者が行く暗い世界だ。地獄の罰の場所というより、生者の世界へ戻りにくい死の国として描かれる。
Q. ヨモツヘグイとは何か?
A. 黄泉の国の食べ物を食べることだ。イザナミは黄泉の食べ物を食べたため、生者の世界へ戻りにくくなったと語る。
Q. 見るなのタブーとは何か?
A. 見るなと言われた対象を見てしまい、関係や世界が壊れる型だ。古事記では黄泉のイザナミやトヨタマビメの出産で出る。
Q. 黄泉醜女とは何か?
A. イザナギを追う黄泉の女たちだ。イザナギは髪飾りや櫛を投げて山ぶどうやたけのこに変え、追っ手を足止めする。
Q. 禊で生まれた三貴子とは誰か?
A. 左目から生まれたアマテラス、右目から生まれたツクヨミ、鼻から生まれたスサノオの三柱だ。

次に読む

もし現代でやったらコンプライアンス違反疑惑度★★★★★

夫婦喧嘩のスケールで国道を封鎖するな

  • 刑法124条
  • 刑法222条
  • 軽犯罪法社会生活上の軽微な秩序違反行為を取り締まる法律。

元になった物語の出来事に、現代日本の実在する法令を当てはめたらどの条文に触れうるか、という読み物としての見立てです。条文番号だけを並べています。

入試に出た

この作品が実際の大学・高校入試でどう問われたかを、出典を明記して紹介します。

  • 大学入学共通テスト 倫理2023倫理(第2問 日本の思想)

    出典: 古事記・記紀神話

    第2問(日本思想)の問2で、天つ神、「祀るとともに祀られる神」、スサノヲの誓約など、記紀神話の神々に踏み込んだ正誤4択が出た(東進の設問別分析が「突っ込んだ内容で難」と評価)。スサノヲはこの黄泉の話の結末、イザナギの禊で生まれた三貴子の一人。

    答えの要点:押さえる知識: スサノヲは黄泉から逃げ帰ったイザナギが禊をした時、鼻を洗って生まれた三貴子の一人(左目からアマテラス=太陽、右目からツクヨミ=月、鼻からスサノヲ=海・嵐)。のちに高天原で姉アマテラスに謀反を疑われた時、「誓約(うけい)」という、子を産んで結果で吉凶を判定する占いによって身の潔白を示した。あわせて、日本の神は祀られると同時に自らも上位の神を祀る「祀るとともに祀られる神」で、絶対的な創造神ではない、という日本の神観の特徴(和辻哲郎の指摘として教科書に載る)を知っていれば対応できる。

  • センター試験・共通テスト 倫理(日本思想分野の定番テーマ)複数年度で頻出倫理(古代日本人の思想)

    出典: 古事記(イザナギの禊)・古代日本の倫理観

    古代日本人が罪・悪・穢れをどう捉え、どう取り除いたか(禊・祓)、理想とした心のあり方(清き明き心)は何か、という正誤問題。倫理の教科書・対策資料で「日本思想の最初に必ず学ぶ定番」として扱われる領域。

    答えの要点:古代日本では罪や災いは心の内側の罪悪感ではなく、体に付着した「穢れ」と考えられ、水で洗い流す「禊」や、祝詞・供物で除去する「祓」で清められるとされた。禊の起源こそ、黄泉から戻ったイザナギが筑紫の日向の阿波岐原で黄泉の穢れを洗い流した場面。理想の心は、神に対して隠し事がなく私心のない「清き明き心(清明心)」。「穢れ=外から付くもの、水で落とせるもの」という感覚をつかんでいれば、この分野の正誤選択肢はほぼ切れる。

腕試し(オリジナル問題)

過去問の丸写しではなく、この記事のために作った自作の練習問題です。腕試しにどうぞ。

問1「ヨモツヘグイ」とは何か。ギリシャ神話の類似の話を1つ挙げて共通点を説明せよ。

問2黄泉から逃げ帰ったイザナギが行った「禊」から生まれた三貴子の名と、それぞれどこから生まれたかを答えよ。