第1夜 ギリシャ神話 その11

オルフェウス、最後の最後で振り返ってしまう話

冥界の王まで泣かせた男が、出口の手前で一回チラ見して全部パァ。オルフェウス、音楽では木も石も死者の王も動かすのに、自分の不安だけは止められない。悪事じゃない。好きで、不安で、会いたくて、振り返っただけ。だから余計にクソつらい。

オルフェウスって何がそんなにすごいの?

ユウマ
ユウマ
いきなりそこから行くけど、オルフェウスって男、冥界の王ハデスまで泣かせるのよ。ギリシャ神話ってさ、だいたい誰かがセックスして誰かが詰む、神が嫉妬する、親が子を呪う、親戚の空気が地獄、みたいな話が多いじゃん。でもこいつだけジャンル違う。武器なし。
王様でもない。筋肉でぶん殴る系でもない。持ち物は竪琴だけ。以上。
だいすけ
だいすけ
装備それだけで冥界行くの怖すぎるwww
ユウマ
ユウマ
なのに弾いたら、人間だけじゃなくて動物も木も石も川も寄ってくる。もう自然界まるごとライブ会場。石が最前列に来るんだよ。
しかも無言でじりじり前に来る。怖いけど、音楽の力としては異常。ここが教養としての核で、オルフェウスは剣でも王権でもなく、音と歌だけで世界を動かした男って覚えると一発で刺さる。
だいすけ
だいすけ
石の圧、強そうwww
ユウマ
ユウマ
で、そのオルフェウスに妻がいる。エウリュディケ。ここ大事。神が横から欲情してセックスして家庭崩壊、とかじゃない。
浮気でも略奪でもない。普通に愛し合ってる夫婦。だから神話が嫌な顔で近づいてくるのよ。いい素材じゃん、割ろ、って。
あおい
あおい
神話、幸せな人に厳しすぎるw
ユウマ
ユウマ
厳しいどころじゃない。川は止まる。石は寄る。森はざわつく。でも妻の死だけはアンコールに応じない。才能で世界は揺らせても、喪失だけはリズムに乗ってくれない。

エウリュディケはなぜ死んだの?

ユウマ
ユウマ
で、幸せ絶頂のところで神話が足元にバナナ置く。エウリュディケ、蛇に噛まれて死ぬ。場所とか細部は伝わり方で少し揺れるんだけど、押さえるのはここ。
若い妻が、毒で急に死者側に行く。さっきまで同じテーブルで笑ってた人が、次の瞬間もう死んだ人の列に並んでる。
ハル
ハル
しんどすぎるだろそれ。
ユウマ
ユウマ
ここで冥界を雑に言うと、地獄の拷問部屋だけってより、死んだ人が行く地下の世界、死者の国って感じ。そこの王がハデス。つまりエウリュディケは、ちょっと遠くに引っ越したんじゃない。
死者の国に入った。駅の改札みたいに、忘れ物したから戻るわ、が通じない場所。
普通の人間なら泣く。葬る。酒で潰れる。何年もかけてやっと立つ。でもオルフェウスは発想がバグってる。
死んだ? じゃあ迎えに行くわ、になる。近所のコンビニじゃないんだよ。店員ハデスだぞ。返品不可の文字が入口に太字で書いてある店だぞwww
だいすけ
だいすけ
レシートあっても無理なやつだわwww
ユウマ
ユウマ
そこへ剣も持たず、楽器ケースだけ抱えて降りていく。持ち物は竪琴だけ。ラスボスの家にピンポン。強いんじゃない。悲しみの音量がデカすぎる。

どうやってハデスを動かしたの?

ユウマ
ユウマ
オルフェウスが冥界に降りる。空気は暗い。湿ってる。生きてる人間が来る場所じゃない。普通ならハデスに、妻を返してくれ、って言っても、規則なんで、で終わり。役所より硬い死の窓口。
そこでオルフェウスは泣き落としの長文を読まない。竪琴を出す。ポロン。歌う。エウリュディケを失った痛みを、そのまま音にする。
あおい
あおい
冥界で弾き語り、メンタルどうなってんの。
ユウマ
ユウマ
効く相手がまたやばい。冥界の王ハデスと、その妻ペルセポネ。死者の国のトップ夫婦。
その二人が泣く。しかも伝わり方によっては、罰を受けてる死者まで一瞬苦しみを忘れる。ずっと岩を押してるやつも、ずっと水に届かないやつも、え、この曲もう一回流して、みたいな顔になる。
ここがオルフェウスの異常さね。普通の英雄は怪物を倒す。こいつは倒さず止める。脅さず動かす。音楽が、死のルールにまで届く。
だから音楽の力の象徴として語られる。剣で門を壊したんじゃない。歌で門番側の心が動いた。飲み会で言うと、一円単位で割り勘するやつが、歌一発で今日は俺出すわ、って言うくらいの事件。
だいすけ
だいすけ
それ冥界より奇跡だろwwww
ユウマ
ユウマ
でもハデスもただ甘くはない。エウリュディケは地上へ連れて帰っていい。ただし条件は一個。オルフェウスが前を歩け。エウリュディケは後ろからついてくる。
地上に出るまで、絶対に振り返るな。ラスボス戦じゃない。チラ見禁止チャレンジ。冥界、陰湿な縛りプレイをしてくる。

なぜ振り返ってはいけなかったの?

ユウマ
ユウマ
これ、聞くだけなら簡単じゃん。振り返るな。はい了解。前だけ見て歩け。幼稚園の列でもできる。
でも状況を入れると地獄に変わる。後ろにいるはずの妻は見えない。足音も確証がない。暗い冥界の道を、証拠ゼロで信じて歩くしかない。
あおい
あおい
好きな人なら余計見ちゃうよそれ。
ユウマ
ユウマ
そこなのよ。好きじゃなければ勝てる。まあ後ろにいるっしょ、で歩ける。冷めた彼氏なら成功するかもしれない。でもオルフェウスは冥界まで来るほど好き。だから不安が増える。
ついてきてる? 途中で止まってない? 転んでない? ハデスやっぱ無しって言ってない? もう頭の中が全部エウリュディケになる。
ハル
ハル
それはきつい。見ない方が無理だわ。
ユウマ
ユウマ
この条件が性格悪いのは、確認したい気持ちが疑いだけじゃないところ。大事だから見たい。無事か知りたい。会いたい。好きって感情そのものが罠のスイッチになる。
浮気とか神をナメたとか、ちんこで全部壊した話なら笑って殴れる。でもこれは違う。愛が強いほど不利。冷たい人間ほど有利。冥界式の精神圧迫、ほんと陰湿。
だいすけ
だいすけ
愛情をテストに使うの最悪すぎる。
ユウマ
ユウマ
だから振り返るなは、ただの禁止じゃない。信じろ、でも証拠は出さない、っていう地獄のルール。愛してないやつには散歩道、愛してるやつには拷問通路。

最後に振り返った瞬間、何が起きたの?

ユウマ
ユウマ
で、いよいよ最後。オルフェウスは歩く。暗い冥界の道を、地上の光に向かって歩く。あと少し。ハデスの許可は取った。
ペルセポネも動いた。音楽で冥界の空気まで変えた。出口の光が見えてる。勝ち確。で、こいつ次に何したと思う?
だいすけ
だいすけ
走った?
あおい
あおい
目つぶって行った?
ハル
ハル
足元だけ見た?
グラスの氷だけがカランと鳴る。
ユウマ
ユウマ
振り返った。
だいすけ
だいすけ
そこでかよwwww
ユウマ
ユウマ
そこでなのよ。地上に出る直前。理由は伝わり方でいろいろある。早く見たかったのか。不安に負けたのか。もう出たと思ったのか。
でも結果は一つ。エウリュディケはまだ完全には地上に出てなかった。顔が見えた。その瞬間、また別れになる。二度目の喪失。竪琴でも、このチラ見だけは取り消せない。
あおい
あおい
成功しかけてたのが余計しんどい。
ユウマ
ユウマ
そう。最初から無理ならまだ諦められる。でもこれは、ほぼ勝ってた。しかも悪事で落ちたんじゃない。浮気でもない。
神をナメたでもない。セックスでやらかした話でもない。好きで、不安で、会いたくて、振り返っただけ。人間として分かりすぎるミスで、取り返しがつかない。だから何千年も刺さる。
この悲話は、古代ローマのオウィディウス『変身物語』とかウェルギリウス『農耕詩』みたいな、神話の話を詩でまとめた有名どころにも入ってる。名前だけ聞くと固いけど、要は昔の人もこの話を、うわこれ人間すぎる、って残したわけ。
世界は動かせるのに、自分の不安だけは止められない。そこが残酷で、そこが強い。
一瞬、誰も茶々を入れない。
ユウマ
ユウマ
最後の最後で振り返ったのは、バカだったからじゃない。人間だったから。

暗記用

これだけ覚えたら、教養人の顔で会話に入れるフレーズ

口に出す時は、言葉と読みをセットで覚えると強い。

  1. オルフェウスおるふぇうす

    音楽で冥界まで動かす天才。芸術の力を語る時に出せる。

  2. エウリュディケえうりゅでぃけ

    亡くなった妻。名前を言えるだけで急に通っぽい。

  3. 冥界下りめいかいくだり

    死者を取り戻しに地下世界へ行く型。神話の定番モチーフ。

  4. 振り返るなふりかえるな

    最後の条件。人間は一番ダメなところで確認したくなる。

よくある質問

Q. オルフェウスって誰?
A. 竪琴と歌の天才。武器でも王の力でもなく、音だけで人、動物、木、石、川、さらに冥界の王まで動かした男。
Q. エウリュディケはなんで死んだの?
A. 蛇に噛まれて死に、死者の国である冥界へ行く。そこへオルフェウスが竪琴だけ持って迎えに行く。
Q. オルフェウスはなんで振り返ったの?
A. 不安、会いたさ、もう地上に出たと思ったなど、伝わり方で理由は揺れる。ただし条件を破った結果、エウリュディケを二度失う。
Q. この話の出どころは?
A. 有名どころでは、古代ローマのオウィディウス『変身物語』とウェルギリウス『農耕詩』に出てくる。どちらも神話を詩で伝えた大きな古典。

次に読む

もし現代でやったらコンプライアンス違反疑惑度★★★★★

嫁ロスこじらせて、全部アウト

  • 刑法176条同意のないわいせつな行為を処罰する規定(不同意わいせつ)。
  • 刑法177条同意のない性交等を処罰する規定(不同意性交等)。
  • 刑法190条死体や遺骨などを損壊し、または遺棄する行為に関する規定(死体損壊等)。
  • 刑法199条人を殺した者に科される罪の規定(殺人)。
  • 暴力行為等処罰法集団的または常習的な暴力行為などを処罰する法律。
  • ストーカー規制法つきまとい等の行為を規制する法律。
  • 青少年保護育成条例青少年の健全な育成を図るために各自治体が定める条例。

元になった物語の出来事に、現代日本の実在する法令を当てはめたらどの条文に触れうるか、という読み物としての見立てです。条文番号だけを並べています。

入試に出た

この作品が実際の大学・高校入試でどう問われたかを、出典を明記して紹介します。

  • イギリス GCSE ラテン語(Cambridge Latin Anthology 韻文選)ラテン語(韻文読解)

    出典: ウェルギリウス『農耕詩(ゲオルギカ)』第4巻 464行から527行「オルフェウスとエウリュディケ」

    オルフェウスがエウリュディケを失い、冥界へ下って連れ戻そうとし、出口の直前で振り返って再び失う一連の場面(ウェルギリウス『農耕詩』第4巻)が、英国の中等資格ラテン語の定番韻文選に収録されている。原文の内容把握に加え、オルフェウスがなぜ振り返ったか、その瞬間の心情、エウリュディケの最後の言葉、語順や比喩などの韻文の表現効果を、ラテン語本文に即して読み取らせる(Cambridge School Classics Project の韻文選で確認)

    答えの要点:まず物語の筋を押さえる。オルフェウスは竪琴と歌の天才で、蛇に噛まれて死んだ妻エウリュディケを取り戻すため冥界へ下り、その歌で死者の国の支配者まで心を動かす。条件は一つ、地上に出るまで後ろの妻を振り返らないこと。ところが出口の手前で振り返り、妻は冥界へ引き戻されて永遠に失われる。読解の核心は振り返った理由の捉え方で、ウェルギリウスはこれを計算違いや臆病ではなく、突然こみ上げた狂おしいほどの愛情と不安が理性を一瞬で押し流した結果として描く。つまり悪事でも油断でもなく、会いたい・無事を確かめたいという愛そのものが破滅の引き金になる点が要。さらにエウリュディケが恨み言ではなく、引き戻されながら別れの言葉を残して闇に消える場面が最大の悲哀で、ここを情感豊かに読み取れているかが問われる。表現面では、出口直前という時機の対比(あと少しで勝てた)と、二度目の喪失という反復が悲劇性を高めている点を、外界はすべて音楽で動かせた男が自分の心の動揺だけは制御できなかった、という主題に結びつけて説明できれば正解になる。

腕試し(オリジナル問題)

過去問の丸写しではなく、この記事のために作った自作の練習問題です。腕試しにどうぞ。

問1「地上に出るまで振り返るな」という条件は、相手を愛していない者ほど守りやすく、強く愛している者ほど破りやすい構造になっている。なぜそう言えるのか、オルフェウスの心理に即して説明せよ。

問2オルフェウスは自然界や冥界の王ハデスさえ音楽で動かせたのに、最後の場面では何を制御できずに失敗したか。物語全体の主題と結びつけて一文で答えよ。

問3オルフェウスとエウリュディケの物語を伝える古代ローマの代表的な文献を、詩人の名と作品名をあげて二つ示せ。