第3夜 徒然草 その3
仁和寺の法師、本命を見ずに帰る。先達は欲しいねという話
本命をスルーした旅行ミスの横綱、仁和寺の法師。長年あこがれた石清水八幡宮まで歩いて行ったのに、山の上の本宮を見ず、麓だけ拝んで達成顔で帰る。怖いのはサボってないこと。脚は動いてる。気持ちもある。でも確認だけ死んでる。人間、受付を本編だと思ってパンフ握って帰れるんだよ。
仁和寺の法師、本命スルー事故











徒歩で行って、まじめに外す怖さ








先達はあらまほしき、要は聞けって話








現代にもいる、顔だけ参拝済みの人









暗記用
これだけ覚えたら、教養人の顔で会話に入れるフレーズ
口に出す時は、言葉と読みをセットで覚えると強い。
仁和寺の法師(にんなじのほうし)
石清水八幡宮に行ったのに本命を見ずに帰る人。
石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)
この話の目的地。山の上に本命がある。
先達はあらまほしきことなり(せんだつはあらまほしきことなり)
案内人は欲しいね、という超有名な教訓。
思ひこそよらざりしか(おもいこそよらざりしか)
まさかそんなこととは思わなかった、という負け惜しみの味。
よくある質問
- Q. 徒然草の仁和寺の法師って何?
- A. 徒然草の中の有名な一話に出る年配の法師。念願の石清水八幡宮へ行ったのに、男山の上にある本宮を知らず、麓の極楽寺と高良の社だけ拝んで帰った人。
- Q. この話の教訓って何?
- A. やる気があっても、知らない場所や分野では本命を外すことがあるって話。だから少しのことでも、道を知ってる人に一回聞いたほうがいい。
- Q. 先達はあらまほしきってどういう意味?
- A. 先達は案内役や経験者。あらまほしきは、あってほしい。合わせると、ちょっとしたことでも案内してくれる人はいてほしい、という意味。
- Q. 仁和寺の法師はなんで本宮を見なかったの?
- A. 石清水八幡宮の本宮が男山の上にあると知らなかったから。周りの人が山へ登るのを見ても理由を聞かず、麓を拝んだだけで参拝できたと思い込んだ。
次に読む
本命見ずに帰っただけ、ドンマイ
元になった物語の出来事に、現代日本の実在する法令を当てはめたらどの条文に触れうるか、という読み物としての見立てです。条文番号だけを並べています。
入試に出た
この作品が実際の大学・高校入試でどう問われたかを、出典を明記して紹介します。
- 中学国語(光村図書「国語2」教科書教材)古文
出典: 徒然草 第52段「仁和寺にある法師」
歴史的仮名遣いの読み(「ゆかし」「かばかり」など)、係り結びや願望の助動詞「まほし」の文法、本文の現代語訳に加えて、「法師がなぜ本宮を拝まずに帰ったのか」「結びの一文がどんな教訓を述べているか」を記述で答えさせる形が定番。中学の定期テストから高校入試の古文まで頻出の題材。
答えの要点:まず筋を押さえると解ける。石清水八幡宮の本宮は男山の山上にあるのに、法師はそれを知らず、麓の極楽寺と高良社だけを拝んで「念願がかなった」と思い込んで帰った。本宮を拝まなかった理由は、(1)本宮が山上にあるという基本を事前に調べていなかったこと、(2)参詣者がみな山へ登るのを見ても理由を人に尋ねず、自分の思い込みだけで参詣を終えたこと、の二点を書けばよい。結びの「すこしのことにも、先達はあらまほしき事なり」は、ちょっとした事でも案内役や経験者がいてほしいという教訓で、思い込みで本質を外さないために助言者が必要だ、という締め方を答える。文法を問われたら、「あらまほしき」は動詞「あり」の未然形「あら」に願望の助動詞「まほし」が付いた連体形で「あってほしい」の意、係り結びは係助詞「ぞ・なむ・こそ」などが文末を連体形や已然形に変える決まり、と答える。
腕試し(オリジナル問題)
過去問の丸写しではなく、この記事のために作った自作の練習問題です。腕試しにどうぞ。
問1結びの一文「すこしのことにも、先達はあらまほしき事なり」の「あらまほしき」について、成り立ちを説明したうえで現代語訳しなさい。
問2法師は念願の参詣を果たしたつもりで帰ったが、実際には目的を達していない。彼の勘違いが起きた原因を二つ、自分の言葉で挙げなさい。
問3この段の教訓「先達はあらまほしき」を現代の身近な場面に当てはめた例を一つ作り、なぜ案内役が役立つのかを説明しなさい。