第3夜 徒然草 その3

仁和寺の法師、本命を見ずに帰る。先達は欲しいねという話

本命をスルーした旅行ミスの横綱、仁和寺の法師。長年あこがれた石清水八幡宮まで歩いて行ったのに、山の上の本宮を見ず、麓だけ拝んで達成顔で帰る。怖いのはサボってないこと。脚は動いてる。気持ちもある。でも確認だけ死んでる。人間、受付を本編だと思ってパンフ握って帰れるんだよ。

仁和寺の法師、本命スルー事故

コウキ
コウキ
これさ、旅行ミス界の横綱なんよ。仁和寺って京都の有名なお寺に、年取った法師がいる。法師っていうのはお坊さんね。その人がずっと、石清水八幡宮に行きたい、行きたい、って思ってたわけ。石清水八幡宮は京都の南のほう、男山って山の上に本宮がある。
つまり本命は山の上。麓にも関係あるお寺とか社もあるけど、メインは山の上。ここ超大事。オチの爆弾だから覚えて。
ひなの
ひなの
もう山って聞いた時点で嫌な予感するwww
コウキ
コウキ
で、法師はついに一人で歩いて行く。年取ってからの念願達成。ここだけなら泣けるじゃん。長年の夢、徒歩で初参戦。じゃあ現地で何を拝んだと思う?
ヒロシ
ヒロシ
本宮やろ。さすがにそこは行くやろ。
ひなの
ひなの
お守り買って満足とか?
しずく
しずく
雰囲気でそれっぽい列について行ったとか?
全員のグラスが止まる。
コウキ
コウキ
麓の極楽寺と高良の社だけ拝んで帰った。
ヒロシ
ヒロシ
うそやろwwww そこ入口ちゃうんか。
コウキ
コウキ
入口側で優勝して帰った。もちろん極楽寺も高良の社も、どうでもいい場所じゃない。ちゃんと大事な場所。でも石清水八幡宮の本宮は山の上。法師はそれを知らない。
麓で、ああこれが石清水か、長年の願いかなったわ、って満腹になる。店の外にある食品サンプル見て、うまかったなあって帰る人。怖いだろ。胃に何も入ってないのに顔だけ満腹。
しかも周りの人はみんな山へ登ってる。普通なら聞くじゃん。え、みんなどこ行くの? 俺が見たやつ以外に何あるの? って。でも法師は思う。
山の上にも何かあるっぽいけど、俺の目的はお参りだから寄り道しないで帰ろう。いや違う違う違う。本命がその坂の上なんよ。寄り道じゃなくて本編なんよ。
ヒロシ
ヒロシ
脚はあるのに、質問する口が寝てるやん。
コウキ
コウキ
そう。脚はフル充電、確認は圏外。しかも本人は失敗した顔じゃない。達成顔。おれ石清水行ったわ、って顔。
行ってない。麓にいただけ。これが顔だけ参拝済み。徒然草の中でもめちゃくちゃ有名な一話なんだけど、短いのに人間の事故り方が全部入ってる。受付を本編だと思って、パンフ握って帰った男なんだよ。

徒歩で行って、まじめに外す怖さ

コウキ
コウキ
これを書いたのが兼好法師。鎌倉時代の終わりごろの人で、徒然草を書いた人。何がすごいって、神様の話をしてるようで、見てるのは人間の変な癖なんよ。かっこつける。聞かない。
分かった顔をする。なのに中身を外す。そういうやつを、ほらこれお前らもやるよね、って机に置いてくる。説教っていうより、証拠写真を見せてくる感じ。
しずく
しずく
証拠写真は逃げ場ないな。
コウキ
コウキ
この話の出だしもえぐい。年取るまで、一度も石清水に行ったことがなかった法師がいた、って始まる。つまり若いころから、いつか行こう、今度行こう、まあそのうち、って延ばして、年取ってやっと初参戦。なのに下調べゼロ。詳しい人ゼロ。現地で質問ゼロ。
三冠王。長年あこがれた場所なのに、最後の最後で地図を見ない。恋愛でもいるじゃん。好きな相手の誕生日は覚えてるのに、相手が何を嫌がるか聞いてないやつ。熱量の向きがズレてる。
ひなの
ひなの
熱いのに迷惑なやつだwww
コウキ
コウキ
法師もたぶん悪気ない。むしろ真面目。徒歩で行ってるし、ちゃんと拝んでるし、寄り道しないって思ってる。そこが怖い。怠け者がサボった話じゃない。気合い満タンで、目的地だけズレてる話。人って、それっぽいものを見ると脳が勝手にスタンプ押すんだよ。はい完了。
はい理解。はい参拝済み。麓の空気がありがたい。建物も立派。人もいる。じゃあこれでしょ、ってなる。ちんこ丸出しでドレスコード語ってるくらいズレてても、本人は真顔。
ヒロシ
ヒロシ
最低やけど絵が浮かびすぎるわwww
コウキ
コウキ
でもあるんだよ。俺のコーヒーでも同じ。酸味苦手って言う人に聞くと、古い豆の嫌なすっぱさを酸味だと思ってることがある。本物のきれいな酸味に会う前に、麓の嫌な記憶で帰ってる。
ああ俺は酸味知ってる、嫌い、って顔。でも山の上の本宮にはまだ行ってない。顔だけ参拝済み。
で、この法師の怖さは、帰る時に気持ちいいこと。人間って失敗してる時に、いつも不安な顔をしてるわけじゃない。むしろ知らない時ほど自信ある。レビューの星だけ見て店を語る。
最初のスライドだけ見て分かった顔をする。入口の写真だけ撮って、行ってきた感を出す。全部、麓で記念撮影して帰る動きなんよ。
ひなのが小さくうなずく。
コウキ
コウキ
人間の一番怖いバグは、知らない時ほど達成感が濃いことなんだよ。

先達はあらまほしき、要は聞けって話

コウキ
コウキ
で、兼好の最後の一撃がこれ。少しのことにも、先達はあらまほしきことなり。古文っぽくて耳が閉じそうになるけど、待って。中身はめちゃくちゃ現場の話。先達っていうのは、案内役とか経験者。
先に行ったことがある人。あらまほしきは、あってほしいって意味。だから全部合わせると、ちょっとしたことでも、道を知ってる人はいてほしいよな、ってこと。難しくない。山の上だよ、って言ってくれる人が一人いるだけで、この法師は助かった。
ひなの
ひなの
それ一言で済むのつらいな。
コウキ
コウキ
つらい。人生の師匠を専属契約しろって話じゃないんよ。朝から晩まで先生を横に置け、じゃない。ただ、初見の場所では、本体どこ? って聞ける相手がいると強い。地元の人、経験者の友達、店員、詳しいオタク。
山の上に本宮あるよ。この一言で徒歩の人生が救われる。法師は歩く力はあった。足りなかったのは、一回聞く力。
ヒロシ
ヒロシ
タクシーでもあるわ。近くまで行けば分かるって言う人。近くまで行ったら、やっぱ分からんってなる。
コウキ
コウキ
現代の石清水じゃん。近くまで行けば分かる。分からない。たぶん右。違う。
じゃあ左。もっと違う。最後にスマホ出して、ここどこですかってなる。最初から聞け。後部座席で兼好がめちゃくちゃうなずいてるよ。
しずく
しずく
うなずきすぎて首痛めそう。
コウキ
コウキ
聞けない理由も分かるんだよ。人は、分かってます顔をしたい。初めてなのに初心者に見られたくない。店でおすすめ聞くのも、ちょっと負けた気がする。会社でもそう。
要件を聞かずに資料を作って、表紙だけめちゃくちゃ立派。中身は本宮まで行ってない。恋愛でも、相手の話を聞かずにサプライズして、本人だけ感動してる。麓で拍手してる。
で、この話って、こいつ次に何したと思う? みたいな派手な山場がないのが逆に怖い。落ちない。転ばない。雷も鳴らない。ただ帰る。満足して帰る。爆発音なしで事故ってる。
だから最後の一文が刺さる。少しのことにも、先達は欲しい。少しだからこそ人は舐める。近いし大丈夫。見れば分かる。雰囲気でいける。そう言った瞬間、だいたい麓で終わる。
ヒロシが無言で箸を置く。
コウキ
コウキ
雰囲気でいける、はだいたい麓で終わる合図なんだよ。

現代にもいる、顔だけ参拝済みの人

コウキ
コウキ
現代の仁和寺の法師、めちゃくちゃいる。話題の店に行って、外観だけ撮って、並ぶのだるいから帰る。なのに投稿は行ってきた感マシマシ。イベントで受付の袋だけもらって、メイン展示を見ずに帰る。
勉強会で最初のスライドだけ見て、なるほどね顔。全部、麓参拝セット。袋、写真、うなずき。この三つで人は簡単に参拝済みの顔になる。
ヒロシ
ヒロシ
受付袋をトロフィーみたいに持つやつなwww
コウキ
コウキ
しかも俺もやる。コーヒーの展示会で、光る機械とかデカい焙煎機に吸われる。うわ、これすげえって写真撮る。で、地味だけど一番大事な温度の見方とか、豆の状態を見る基礎を飛ばしそうになる。人間は分かりやすい麓が好きなんよ。
看板、入口、行列、写真映え、分かった感。そこに全部ある気がする。でも本体はだいたい、ちょっと登った先にある。汗かく場所にある。
ひなの
ひなの
分かった感って気持ちいいもんね。危ないやつだ。
コウキ
コウキ
そう。兼好はここで、偉そうに説教してるっていうより、人間こうなるじゃん、って置いてくる。努力した。誠意もあった。念願でもあった。でも確認がなかった。
だから外した。きれいごとじゃない。人間は、やる気があるまま間違える。むしろやる気があるから、途中で止まれない。俺は今いいことをしている、って顔で、どんどん本命から離れる。
ここで聞くぞ。この法師の何が一番やばいと思う? 山の上の本宮を知らなかったこと? 人に聞かなかったこと? 麓で満足したこと? どれもやばい。でも一番のやばさはそこじゃない。
ヒロシ
ヒロシ
帰ってからドヤ顔で話した?
ひなの
ひなの
お土産まで買って、石清水最高とか言った?
しずく
しずく
なんか記念写真だけめちゃくちゃ良い顔だったとか?
全員がコウキを見る。
コウキ
コウキ
知らないくせに、達成感だけは本物だったことだよ。本宮の存在を知らないまま、参拝済みの自分になった。これが一番怖い。
知らない自分じゃなくて、もう済ませた自分になっちゃう。そうなると、次に学ぶ入口が閉じる。だって本人の中では終わってるから。
だから少しのことにも先達は欲しい。山の上だよ、って言ってくれる人を一人置いとけ。いなかったら、聞け。
これ本体どこ? 初心者は何から見ればいい? ここで一番大事なのどれ? それを聞ける人は強い。聞けない人は、ずっと麓で胸を張る。顔だけ参拝済みで、今日も元気に間違える。
最後にこの絵だけ持って帰って。山の上では、みんな本宮へ登ってる。下では仁和寺の法師が、いやあ参った参った、長年の願いかなったわ、ってほこほこ帰ってる。背中の向こうには、見てない本命。胸の中には、パンパンの達成感。
俺らも放っておくとすぐこれ。麓で記念撮影して帰る。だから誰か一人に言ってもらえ。そこ、本編じゃないよってwww

暗記用

これだけ覚えたら、教養人の顔で会話に入れるフレーズ

口に出す時は、言葉と読みをセットで覚えると強い。

  1. 仁和寺の法師にんなじのほうし

    石清水八幡宮に行ったのに本命を見ずに帰る人。

  2. 石清水八幡宮いわしみずはちまんぐう

    この話の目的地。山の上に本命がある。

  3. 先達はあらまほしきことなりせんだつはあらまほしきことなり

    案内人は欲しいね、という超有名な教訓。

  4. 思ひこそよらざりしかおもいこそよらざりしか

    まさかそんなこととは思わなかった、という負け惜しみの味。

よくある質問

Q. 徒然草の仁和寺の法師って何?
A. 徒然草の中の有名な一話に出る年配の法師。念願の石清水八幡宮へ行ったのに、男山の上にある本宮を知らず、麓の極楽寺と高良の社だけ拝んで帰った人。
Q. この話の教訓って何?
A. やる気があっても、知らない場所や分野では本命を外すことがあるって話。だから少しのことでも、道を知ってる人に一回聞いたほうがいい。
Q. 先達はあらまほしきってどういう意味?
A. 先達は案内役や経験者。あらまほしきは、あってほしい。合わせると、ちょっとしたことでも案内してくれる人はいてほしい、という意味。
Q. 仁和寺の法師はなんで本宮を見なかったの?
A. 石清水八幡宮の本宮が男山の上にあると知らなかったから。周りの人が山へ登るのを見ても理由を聞かず、麓を拝んだだけで参拝できたと思い込んだ。

次に読む

もし現代でやったらコンプライアンス違反疑惑度★★★★

本命見ずに帰っただけ、ドンマイ

元になった物語の出来事に、現代日本の実在する法令を当てはめたらどの条文に触れうるか、という読み物としての見立てです。条文番号だけを並べています。

入試に出た

この作品が実際の大学・高校入試でどう問われたかを、出典を明記して紹介します。

  • 中学国語(光村図書「国語2」教科書教材)古文

    出典: 徒然草 第52段「仁和寺にある法師」

    歴史的仮名遣いの読み(「ゆかし」「かばかり」など)、係り結びや願望の助動詞「まほし」の文法、本文の現代語訳に加えて、「法師がなぜ本宮を拝まずに帰ったのか」「結びの一文がどんな教訓を述べているか」を記述で答えさせる形が定番。中学の定期テストから高校入試の古文まで頻出の題材。

    答えの要点:まず筋を押さえると解ける。石清水八幡宮の本宮は男山の山上にあるのに、法師はそれを知らず、麓の極楽寺と高良社だけを拝んで「念願がかなった」と思い込んで帰った。本宮を拝まなかった理由は、(1)本宮が山上にあるという基本を事前に調べていなかったこと、(2)参詣者がみな山へ登るのを見ても理由を人に尋ねず、自分の思い込みだけで参詣を終えたこと、の二点を書けばよい。結びの「すこしのことにも、先達はあらまほしき事なり」は、ちょっとした事でも案内役や経験者がいてほしいという教訓で、思い込みで本質を外さないために助言者が必要だ、という締め方を答える。文法を問われたら、「あらまほしき」は動詞「あり」の未然形「あら」に願望の助動詞「まほし」が付いた連体形で「あってほしい」の意、係り結びは係助詞「ぞ・なむ・こそ」などが文末を連体形や已然形に変える決まり、と答える。

腕試し(オリジナル問題)

過去問の丸写しではなく、この記事のために作った自作の練習問題です。腕試しにどうぞ。

問1結びの一文「すこしのことにも、先達はあらまほしき事なり」の「あらまほしき」について、成り立ちを説明したうえで現代語訳しなさい。

問2法師は念願の参詣を果たしたつもりで帰ったが、実際には目的を達していない。彼の勘違いが起きた原因を二つ、自分の言葉で挙げなさい。

問3この段の教訓「先達はあらまほしき」を現代の身近な場面に当てはめた例を一つ作り、なぜ案内役が役立つのかを説明しなさい。