第3夜 徒然草 その8
神無月のころ。みかんの木の囲いで、一気に興ざめした話
悟り部屋が、みかん一個で崩壊する話なんよ。クソわびた顔して、庭の端で所有欲が丸出しになるやつ。徒然草の第十一段、神無月、旧暦十月の秋の深いころ。山奥の庵が苔、水の音、菊、紅葉で完璧に決まってるのに、最後に庭のみかんの木だけガッチガチに囲ってあって、兼好の心がスンッて冷める。無欲っぽい人の画角に、本音のみかんが映った瞬間。
神無月のころ、山奥の空気が強すぎる

コウキ
聞いて。徒然草の第十一段、短いのにオチの切れ味がえぐい。神無月、旧暦十月ね。秋が深くて、空気が冷えて、山がちょっと黙り始めるころ。
兼好法師が栗栖野っていう京都あたりを通って、山里に入っていくわけ。苔の道、電波ゼロ、コンビニなし。あるのは湿った土と静けさだけ。

ひなの
入りから渋すぎ。もう声小さくなるやつ。

コウキ
そこで山奥に、ちっさい庵がぽつんとある。見栄ゼロ。看板ゼロ。誰にも見つかりたくない顔で暮らしてる。
兼好がそれ見て、うわ、こんな生き方あるんか、って食らう。俺コーヒー屋だから分かるけど、余計なものがない空間って人を黙らせるんよ。変な飾りを一個置いた瞬間に負け。

ヒロシ
言うてコウキ、豆の説明始めたら長いけどな。

コウキ
やめろ、俺の囲いを初手で見つけるなwww でもこの話、最初はほんと完璧。苔、山道、ぽつんと庵、静けさ。心の中の坊主が合掌してる。
ところが最後に来る。全部ぶち壊すやつが、庭の奥からぬっと出る。
氷がカランと鳴る。

コウキ
みかんの木。

ひなの
みかんで!? そんなラスボス顔する果物ある!?
庵の前半、狙ってないのに渋い

コウキ
庵の中身がまた強い。水を遠くから引いてくる竹とか木の樋があって、これを懸樋って言うんだけど、要は手作りの水道管みたいなやつ。木の葉に埋もれたそこから、水がぽたっ、ぽたっ。
通知音なし。上司の連絡なし。水だけが出勤してる。

しずく
水だけ出勤、ずるい言い方すぎるwww

コウキ
さらに仏さまにお供えの水や花を置く小さい棚がある。閼伽棚って言うんだけど、難しい名前はいったん置いといて、仏壇のお供え用の小さい棚みたいなもん。そこに菊と紅葉がそっと置いてある。
無人っぽいのに、ちゃんと手が入ってる。生活感はないのに、生活の温度だけ残ってる。モテ部屋の最終形。

ヒロシ
それはもうモテに行ってるやん。無造作ヘアほどセット長いやつや。

コウキ
それな(笑) でもここではいやらしく見えない。菊も紅葉も静か。
俺の店で言えば、豆の袋を全部正面に並べてドヤるんじゃなくて、カウンターの端に花が一輪だけある感じ。兼好も、こんなふうにも暮らせるんだなあ、って完全にやられる。
ここで終われば名作の余韻よ。最高のブラックコーヒーを、最高の温度で出して、客が黙るやつ。なのにこの庵、最後に店主が出てきて、そのブラックに練乳と金粉をドバドバ入れる。笑顔で。

ひなの
台無しwww その練乳がみかん?

コウキ
その練乳がみかん。しかも囲い付き。セコムより気合い入ったみかん。みかん一個に本音のちんこ立ちすぎ。
みかんの囲いで空気が死ぬ

コウキ
で、庭の奥に大きなみかんの木がある。原文では柑子って出るんだけど、昔の小ぶりなみかんみたいなもんだから、ここではみかんでいく。実がたわわ。ここまでは最高。
山里の静けさに黄色い実。秋のポスターいける。問題はここから。で、こいつ次に何したと思う?

ひなの
鳥が来て一個つつく?

ヒロシ
庵の人が出てきて、どうぞ食べてや、ちゃうんか。

しずく
一個だけ落ちて、みんなで黙るとか。
コウキがグラスを置く。

コウキ
周りを、きびしく囲ってあった。

ヒロシ
うわあああwww 急に防犯意識だけタワマンやんけ!

コウキ
そう。さっきまで水ぽたっ、菊しっとり、紅葉ふわっ、だったのに、みかんだけガチガチ。触んなよ、これ俺のだからな、取ったら許さんぞ、が急に見える。悪人じゃないのが一番キツい。
守るのは正しい。食べ物だし、盗られたら嫌だし。でも風情って正論に弱いんよ。

ひなの
正しいのに冷めるやつ、ある。

コウキ
兼好の決め台詞が、この木なからましかば。意味は、この木さえなかったらなあ。ここ大事。
惜しんでるのは木そのものじゃない。みかんを守るための囲いで、庵の主の所有欲が見えちゃったことがキツい。菊と紅葉で作ってた静けさが、最後はみかんの囲いで全部バレる。
しかもこの言い回し、古文だと点が取れるやつ。ましかば、まし、って形は、もしそうだったらなあ、の言い方。
反実仮想って呼ぶんだけど、名前は堅いのにやってることは、あれさえなければ最高だったのに、っていう飲み会の愚痴そのもの。

しずく
急に入試が酒の席に座ってきたwww

コウキ
兼好は怒鳴らない。欲を捨てろ、とも言わない。ただ、見えちゃったら冷めるよね、で一発で刺す。人間の欲は、でかい悪事より小さい囲いでバレる。
令和のみかん、だいたい画角の端にいる

コウキ
これ令和にもめちゃくちゃある。自然体で暮らしてます投稿。朝の光、木の皿、白湯、余白。
いいね、落ち着くね、って見てたら、写真の端でブランドロゴだけ完璧にこっち向いてる。偶然の顔してるけど、角度が完全に本番。あれが令和のみかん。

ひなの
映り込みですって顔で、主役より目立つやつwww

コウキ
ミニマリストですって言いながら、値段が分かるものだけ画角にいる。人脈とか気にしないって言いながら、集合写真のど真ん中で一番いい顔。
無欲です、って口で言いながら、庭ではみかん要塞。最後はみかんの囲いで全部バレる。

ヒロシ
マッチングアプリでもあるで。自然体が好きって言うて、写真ぜんぶ奇跡の一枚や。

ひなの
自然体どこ行ったの(笑)

コウキ
会社でもある。フラットな組織ですって言いながら、部長の席だけ背もたれが玉座。自由に意見言ってねって言うけど、否定した瞬間に空気が真冬。
言葉は菊と紅葉、運用は囲い。正しさと風情がケンカしたら、風情が先に死ぬ。

しずく
言葉だけきれいで、端に本音が出るやつね。

コウキ
しかも他人だけじゃない。俺もある。静かな店です、豆と向き合ってます、みたいな顔してるくせに、希少な豆の仕入れルートを褒められると内心めちゃくちゃ立つ。
ちんこじゃないよ、承認欲求が。いや、だいたい同じかもしれんwww

ひなの
最低なのに自己分析だけ鋭いwww

コウキ
みんな一本は自分のみかんを持ってる。褒めてほしいみかん、取られたくないみかん、気づいてほしいみかん。外ではわびた顔、内側ではガチ囲い。
だからこの話は刺さる。誰かの庭を笑ってたら、急に自分の庭が見えてくる。
全員、自分の画角を思い出す。

ヒロシ
あかん。俺の車内の芳香剤、ちょっと高いやつって気づいてほしい時あるわ。

コウキ
はい出た、タクシーのみかんwww
最後にバレるのは、いつも囲い

コウキ
この段のうまさって、全部が最後の一枚に向かってるところなんよ。神無月の山里、苔の道、木の葉に埋もれた手作りの水道管、水のしずく、仏さまのお供えの棚、菊、紅葉。
音も色も少ない。読んでるこっちも、ちょっと背筋が伸びる。
で、最後にみかんの木。実がいっぱい。そこまではいい。むしろ自然の恵みで、画として強い。ところが囲いがある。
しかもきびしい。ここで、無欲っぽかった庵の主が、急に通帳を握ってる顔になる。別に悪くない。悪くないから余計にキツい。

ヒロシ
正しいけどロマンが死ぬやつやな。

コウキ
そう。正しさと風情がケンカしたら、風情が先に死ぬ。盗られたら困るは正しい。法的にも庵の主が勝つ。
でも空気では負ける。デートで会計を一円単位で割り勘にしても間違ってない。でもロマンはその場でプシューって死ぬ。正しいのに、終わる。

ひなの
分かりすぎてつらいwww

コウキ
古典って難しい顔してるけど、中身はめちゃくちゃ人間くさい。欲はゼロにできない。守りたいものもある。
食い扶持もある。だけど見せ方を間違えた瞬間、さっきまでの菊も紅葉も全部、言い訳に見えてくる。兼好はそこで、心の中で一言。
少し黙る。

コウキ
この木さえなかったらなあ。
また氷が鳴る。

コウキ
人間、最後はみかんの囲いで全部バレる。

ヒロシ
見るな見るなwww 俺らの庭、全員なんか囲ってるで。

ひなの
今日から人の投稿の端のみかん探しちゃう(笑)
暗記用
これだけ覚えたら、教養人の顔で会話に入れるフレーズ
口に出す時は、言葉と読みをセットで覚えると強い。
神無月のころ(かんなづきのころ)
寂しい季節の山里を見に行く有名な段の出だし。
みかんの木(みかんのき)
侘びた空気を一発で壊す生活感の象徴。
この木なからましかば(このきなからましかば)
この木がなければなあ、という兼好の辛口な一言。
興ざめ(きょうざめ)
いい空気が、余計な現実感で一気に冷めること。
よくある質問
- Q. 徒然草 神無月のころって何の話?
- A. 徒然草第十一段の話。神無月、つまり旧暦十月の秋の深いころ、兼好法師が京都あたりの山里で渋い庵を見つける。苔、水のしずく、菊、紅葉にしびれたのに、庭のみかんの木が厳重に囲われていて一気に冷める話。
- Q. この木なからましかばってどういう意味?
- A. この木さえなかったらなあ、という意味。木そのものより、みかんを守る囲いに所有欲や俗っぽさが出て、庵の静かな風情が壊れたことを惜しんでいる。
- Q. 反実仮想のましかば、ましって何?
- A. もしそうだったらなあ、という言い方。本文のこの木なからましかばは、もしこの木がなかったらよかったのに、という気持ちを一言で落としている。入試でもよく出る重要表現。
次に読む
もし現代でやったらコンプライアンス違反疑惑度★★★★★
みかんの囲いで興ざめ、それだけ
元になった物語の出来事に、現代日本の実在する法令を当てはめたらどの条文に触れうるか、という読み物としての見立てです。条文番号だけを並べています。
腕試し(オリジナル問題)
過去問の丸写しではなく、この記事のために作った自作の練習問題です。腕試しにどうぞ。
問1次の自作例文「もし雨の降らざらましかば、花は今も咲きてあらまし」について、(1)現代語訳を書き、(2)用いられている表現技法の名前を答えよ。
問2この段で、兼好は庵のわび住まいに感心していたのに、柑子の木を見て一気に興ざめしている。木そのものではなく何に冷めたのかが分かるように、五十字以内で説明せよ。
問3本文に出てくる語について、(1)「神無月」は陰暦の何月か、(2)「閼伽棚(あかだな)」は何を置くための棚か、それぞれ簡潔に答えよ。