第1夜 ギリシャ神話 その9

イカロス、飛べた瞬間に調子乗って落ちる

史上初の航空事故。原因は機体の欠陥じゃなくて、若者の調子乗り。でも本当に怖いのは、翼を作った父親がそもそも嫉妬で人を突き落とす天才だったこと。親子そろって高度の使い方がクソ危ない。

天才、まず甥を落とす

串の皿が空になる。
ユウマ
ユウマ
今日はイカロス。太陽に近づきすぎて蝋の翼が溶けて落ちた少年って聞いたことある人は多いと思う。でも本当の入口は父親のダイダロス。こいつがまず天才発明家で、しかも人としてかなり危ない。
あおい
あおい
お父さんの話からなんだ。
ユウマ
ユウマ
そう。ダイダロスはアテナイの職人で、設計も発明もできる。ところが弟子の甥ペルディクスがさらに天才。
魚の骨とかヘビのあごを見てノコギリを発明したとか、円を描くコンパスを作ったとか言われる。若手が伸びすぎた。
だいすけ
だいすけ
職場に来た新人が初月で売上抜くやつだ。
ユウマ
ユウマ
まさにそれ。で、ダイダロスはどうしたと思う?才能ある甥だよ。普通なら育てるじゃん。弟子だし家族だし。
ハル
ハル
自分の後継者にする?
あおい
あおい
一緒に工房を大きくする?
だいすけ
だいすけ
給料上げて囲う?
ユウマが串を置く。
ユウマ
ユウマ
アクロポリスから突き落とす。才能に嫉妬して。発明家のメンタルじゃなくて、競合排除のやり方が物理。
才能ある若手を育てるんじゃなく崖から消すの、クソ上司の極北。神話によっては女神アテナが甥を鳥に変えて助けるけど、ダイダロス本人は追放される。そりゃそう。
だいすけ
だいすけ
物理でベンチャー潰すなwww
ハル
ハル
笑えない前科だな。
ユウマ
ユウマ
追放されたダイダロスはクレタ島に行く。そこでミノス王に仕える。ここで前に話したテセウス回とつながる。
怪物ミノタウロスを閉じ込める迷宮ラビュリントスを設計したのがダイダロス。あと王妃パシパエが木の牛に入って本物の牛とセックスしてミノタウロスが生まれる、あの最悪に濃い事件。木の牛を作った裏方もダイダロス。
あおい
あおい
あの牛事件の職人なの?
ユウマ
ユウマ
そう。ギリシャ神話のヤバい家具担当。迷宮も作るし、木の牛も作る。
技術力は本物。でも倫理のネジが何本か床に落ちてる。だからイカロスの話は、ただの「若者が調子乗った」じゃなくて、父の才能と罪の上に乗って飛ぶ話になる。
だいすけ
だいすけ
翼の前に父親の履歴書が濃い。
ユウマ
ユウマ
章の決めはこれ。イカロスが空から落ちる前に、ダイダロスはもう人を高い所から落としてる。

自分の島に閉じ込められる職人

ユウマ
ユウマ
で、ダイダロスはクレタで働く。ミノス王のために迷宮を作る。迷宮は入ったら出られない複雑な建物。
ミノタウロスっていう牛頭の怪物を閉じ込めるためね。ところが、迷宮の秘密や脱出の手がかりを外に漏らしたことで、ミノス王がブチギレる。
ハル
ハル
機密情報を漏らしたわけか。
ユウマ
ユウマ
そう。王の超重要案件の設計者が、攻略情報も知ってる。そりゃ危ない。ミノスはダイダロスと息子イカロスを塔に閉じ込める。島から出られない。海はミノスの船が見張る。陸も検問。逃げ道なし。
あおい
あおい
息子も巻き添えなのかわいそう。
ユウマ
ユウマ
イカロスは完全に巻き添え。父の仕事と父のやらかしで監禁される。しかも皮肉なのは、ダイダロス自身が「出られない構造」を作る天才だったこと。
自分が作った迷宮的な状況に、自分がハマる。設計者、ついに自分の仕様に閉じ込められる。
だいすけ
だいすけ
自分の作ったシフト表で自分が休めない店長みたいな。
ユウマ
ユウマ
その例え、胃が痛いなwww。で、ダイダロスが名言みたいなことを考える。ミノスは海と陸を支配してる。
でも空は支配してない。じゃあ空から逃げる。ここから鳥の羽を集めて、蝋で固めて翼を作る。
ハル
ハル
発想はすごい。
ユウマ
ユウマ
すごい。追い詰められた天才が、残ってる抜け道を見つける。
鳥の羽を大きいものから小さいものまで並べて、糸や蝋で固定する。今の航空工学とは全然違うけど、神話の中では人間が空へ行く最初の大胆なイメージ。
あおい
あおい
でも蝋って溶けるよね。
ユウマ
ユウマ
そこが後で刺さる。ダイダロスは分かってる。天才だからリスクも分かる。だから息子に安全講習をする。「低く飛びすぎるな。
海の湿気で羽が重くなる。高く飛びすぎるな。太陽の熱で蝋が溶ける。真ん中を飛べ」。
だいすけ
だいすけ
高く飛ぶなだけじゃないんだ。
ユウマ
ユウマ
ここ大事。よく「太陽に近づきすぎるな」だけで覚えられるけど、本当は低すぎもダメ。攻めすぎても死ぬし、守りすぎても死ぬ。
真ん中を飛べ。これが後で中庸の話につながる。極端に寄るなってやつ。
ハル
ハル
安全講習としてかなりまともだな。
ユウマ
ユウマ
そう。父親としてはこの場面だけまとも。甥を突き落とした人と同一人物とは思えない。技術、前科、父性が一つの塔に詰まってる。
章の決めはこれ。空は空いてた。でも翼の接着剤は、太陽に弱かった。

真ん中を飛べ、を聞けない若さ

店の外でバイクの音が遠ざかる。
ユウマ
ユウマ
いよいよ離陸。ダイダロスが先に飛び、イカロスが続く。下では農夫や羊飼いが空を見上げる。
人間が飛んでるなんて思わないから、神だと思う。そりゃそう。普段は鳥しかいない場所に親子が羽つけて飛んでる。
あおい
あおい
初めて見たら神だと思う。
ユウマ
ユウマ
イカロスは最初、父の言う通りに飛ぶ。でも飛べる。体が浮く。風を切る。海の上を越える。ここで若者のスイッチが入る。楽しい。もっと上へ行きたい。父の声は遠くなる。
だいすけ
だいすけ
ああ、もう終わりの音がする。
ユウマ
ユウマ
イカロスは上がる。バカみたいに上がる。太陽に近づく。蝋が柔らかくなる。羽が一枚ずつ外れる。さっきまで翼だったものが、ただの羽の束に戻る。腕を振っても空気をつかめない。落ちる。
ハル
ハル
急に静かでつらいな。
ユウマ
ユウマ
父ダイダロスは叫ぶ。「イカロス」。でも返事はない。海面に羽が浮いてるだけ。息子は海に落ちる。そのあたりの海がイカリア海と呼ばれる由来になる。名前だけが残る。
あおい
あおい
羽だけ浮いてるの、きつい。
ユウマ
ユウマ
この話が英語で fly too close to the sun って慣用句になる。太陽に近づきすぎて飛ぶ。つまり調子に乗りすぎて自滅するって意味。
成功し始めた人が、忠告を聞かずにもっと上へもっと上へ行って落ちる。Icarus は無謀な野心の代名詞になった。
だいすけ
だいすけ
売れた瞬間に全部自分の実力だと思うやつだ。
ユウマ
ユウマ
そう。翼は父の技術。羽を集めたのも父。飛ぶ道具も父。なのに飛べた瞬間、若さは「俺すごい」に変換しちゃう。ここが痛い。若いから悪いってより、飛べた快感が忠告を小さくする。
ハル
ハル
生徒にも言いたいけど、言い方を間違えると響かないやつだな。
ユウマ
ユウマ
日本では童謡でイカロスが勇気の象徴みたいに歌われることもある。太陽を目指す少年のロマンとして。でも元の神話の温度はもっと冷たい。
飛ぶ勇気は美しい。でも安全講習を無視したら海に落ちる。
あおい
あおい
勇気と無謀って近いんだね。
ユウマ
ユウマ
近い。違いは、真ん中を飛べって言われた時に聞けるかどうか。章の決めはこれ。イカロスの翼は欠陥品じゃない。欠けてたのは、父の声を聞き続ける耳。

中間を飛べ、古代の教訓

ユウマ
ユウマ
ダイダロスは息子を失った後も生き延びて、シチリアへ逃げる。ここで終わらないのがまた神話。ミノス王はダイダロスを捕まえたい。天才の居場所を探すために、すごい謎かけを使う。
だいすけ
だいすけ
指名手配じゃなくて謎かけ?
ユウマ
ユウマ
巻き貝に糸を通せた者に褒美を出すって触れ回る。巻き貝って中がくるくるしてるから、普通に糸を通すのは無理。ミノスは「これ解けるやつ、ダイダロスだろ」って考える。天才ホイホイ。
あおい
あおい
そんなので釣られるの?
ユウマ
ユウマ
釣られる。ダイダロスはアリに糸を結んで、貝の中に蜜を置く。アリが中を進んで、糸が通る。天才すぎる。そして即バレる。能力が高すぎて身元確認になる。
だいすけ
だいすけ
手癖で犯人バレる職人www
ハル
ハル
すごいけど、隠れる気がない。
ユウマ
ユウマ
ミノスは追ってくるけど、シチリアの王の娘たちが熱湯でミノスを殺す話につながる。ここも物騒。でもイカロスの主題として残るのは、やっぱり飛び方。高すぎるな、低すぎるな、真ん中を飛べ。
古代ギリシャにはメデン・アガンっていう格言がある。「過剰は何もするな」って意味。デルポイっていう聖地にあった言葉ね。
要はやりすぎるな。イカロスの安全講習は、この中庸の感覚とめちゃくちゃ相性がいい。
あおい
あおい
中庸って、真ん中でつまらなくやれって意味じゃないんだ。
ユウマ
ユウマ
そう。真ん中は妥協じゃなくて、生き残る高度。低すぎたら海に引っ張られる。高すぎたら太陽に焼かれる。真ん中を飛ぶには、むしろずっと気を配らないといけない。地味に一番難しい。
だいすけ
だいすけ
店の売上もそれだな。攻めすぎると仕入れ死ぬし、守りすぎると客が飽きる。
ユウマ
ユウマ
完全にイカロス居酒屋編。あとブリューゲルって画家の《イカロスの墜落のある風景》が有名で、面白いのは画面の主役がイカロスじゃないこと。農夫は畑を耕し、船は進み、世界は普通に動いてる。
端っこの海に足だけ見える。誰もほぼ気づいてない。
ハル
ハル
残酷だな。誰かの大事件でも世界は止まらない。
ユウマ
ユウマ
そこを詩人オーデンも詩にした。大きな苦しみの横で、日常は平然と続く。イカロスにとっては全人生の墜落。
でも農夫にはその日の仕事。神話って、派手な落下の話なのに最後は世界の無関心まで見せてくる。
あおい
あおい
うわ、しんどいけど忘れない。
ユウマ
ユウマ
天丼で戻すと、ダイダロスは甥を落として、自分の息子も空から落ちるのを見る。飛ぶ技術を作った男が、落ちる痛みを二回背負う。最後の画はこれ。
翼をくれたのも父、あの高さまで行けたのも父の技術。若者が積み忘れるのは燃料じゃない。忠告。

暗記用

これだけ覚えたら、教養人の顔で会話に入れるフレーズ

口に出す時は、言葉と読みをセットで覚えると強い。

  1. ダイダロスだいだろす

    迷宮も翼も作った天才職人。腕は超一流、人間性に前歴あり。

  2. イカロスの翼いかろすのつばさ

    羽と蝋の手作り翼。高く飛びすぎて溶ける、調子乗りの代名詞。

  3. ラビュリントスらびゅりんとす

    ミノタウロスを閉じ込めた迷宮。英語の labyrinth の語源。

  4. 中庸ちゅうよう

    低すぎず高すぎず真ん中を飛べ。ギリシャ人の人生哲学そのもの。

よくある質問

Q. イカロスの翼とは何か
A. ダイダロスが鳥の羽と蝋で作った逃亡用の翼。イカロスは高く飛びすぎ、太陽の熱で蝋が溶けて墜落した。
Q. イカロスの神話の教訓は何か
A. 高すぎても低すぎても危ない、真ん中を飛べという教訓。無謀な野心や調子に乗った自滅の象徴としても読まれる。
Q. ダイダロスとは誰か
A. アテナイ出身の天才発明家。迷宮ラビュリントスや木の牛を作り、息子イカロスの翼も作った。嫉妬で甥を突き落とした前科もある。
Q. fly too close to the sun とは何か
A. 英語の慣用句で、太陽に近づきすぎるほど調子に乗って自滅すること。イカロス神話に由来する。
Q. イカリア海の名前の由来は何か
A. イカロスが蝋の翼を失って落ちた海とされ、その名からイカリア海と呼ばれるようになった。

次に読む

もし現代でやったらコンプライアンス違反疑惑度★★★★

無許可フライトより親方の前歴がやばい

  • 刑法199条人を殺した者に科される罪の規定(殺人)。
  • 刑法203条殺人など一定の罪について、未遂の段階でも処罰しうることを定める規定。
  • 刑法211条
  • 刑法220条不法に人を捕らえ、または閉じ込める行為に関する規定(逮捕監禁)。
  • 航空法

元になった物語の出来事に、現代日本の実在する法令を当てはめたらどの条文に触れうるか、という読み物としての見立てです。条文番号だけを並べています。

入試に出た

この作品が実際の大学・高校入試でどう問われたかを、出典を明記して紹介します。

  • 英国OCR GCSE ラテン語(J282)韻文文学(指定講読)

    出典: オウィディウス『変身物語』第8巻「ダイダロスとイカロス」

    ラテン語原文の指定範囲を訳読させ、語順や音の効果などオウィディウスの詩の技法が、飛行の高揚と墜落の場面をどう作っているかを分析させる

    答えの要点:物語の核を押さえること。ミノス王に島に閉じ込められたダイダロスが「王は陸と海を支配しても空は支配できない」と考え、鳥の羽を蝋で固めた翼を作る。飛行前の忠告は2つで、低すぎると海の水気で羽が重くなり、高すぎると太陽の熱で蝋が溶ける、だから必ず中間を飛べというもの。下界の農夫や羊飼いが飛ぶ親子を神と見誤る場面、イカロスが高揚して上昇し蝋が溶けて墜落する場面、父が息子の名を呼び海に羽だけが浮かぶ結末(イカリア海の由来)。職人の技術の頂点が息子の死に直結する皮肉をオウィディウスが強調している点まで指摘できれば評価される。

腕試し(オリジナル問題)

過去問の丸写しではなく、この記事のために作った自作の練習問題です。腕試しにどうぞ。

問1ダイダロスがイカロスに与えた飛行の忠告は「高く飛ぶな」だけではなかった。忠告の全体を述べ、それが古代ギリシャのどんな倫理観と結びつくか説明せよ。

問2ダイダロスはイカロスの件の前に、アテナイで重大な事件を起こしてクレタ島へ来た。その事件の内容と、それが物語全体に与える意味を述べよ。

問3「イカロス」は現代の英語圏でどんな人物・行動の比喩として使われるか。対応する英語の言い回しとともに説明せよ。